それはだから5年前だったと思うのだけどある日電話がかかってきて
内容は病を患ったとの事だった。
とは言え声色は元気で心配ではあったモノのその内会えたら良いなと思って居たのだけど
あのコロの感じで中々それは実現しなかった。
でもなんとなくDJをしている情報とかたまにキャッチしていたし不死身なイメージが安心感を産んでいた。
うっかりそんな気持ちでいたらと言うと大分軽率なのだけど、なんか結局会えないままだった。
思い返すと最初どこであったのか思い出せないのだけど20代前半の生意気全開の僕を何倍もデカい器で可愛がってくれて遊んでくれた。
多分、関さんが初めてリリースしたMIXCDのジャケットも僕に任せてくれたのは同じように人生をサバイブしていると認めてくれていたからだと思うんだけどな。
渋谷のBALLでヘベレケになって良く腕相撲しましたね(笑)
霊体で腕相撲できるのかは分かりませんが大好きなので近くには居れる思います。
ここ何年か近しい仲間が急逝してしまったりしている。
あまり自分から電話したりする方では無いのだけどその代わりマインド内で呼びかけていたりする。
こう言ってはあれだけど亡くなってからの方がその発信頻度はそれぞれに対して増している。
なのでね、時折発信させていただきますよ。
関さんマジありがとうございました。
僕もう少しこの世界を見届けますのでご守護お願いします。


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