2010年3月30日火曜日

A:それはゴカイだ。

とにかくみんな聞いてくれ!
結論から申そう!
おイモが芽を出しました!!!アーィエィ!

本日マッサージ(ちょっと多いかなと言うぐらいお尻と言った。)に行きがてら気分もよくなった所で進路を変更し彼女の実家にこっそり行った。ご両親は居なかった。
誰かが見ていたらコソ泥にしか見えない小走りであぜ道を横切り種いも墓地をたずねて見ると社会との関わりを拒むかの様にチョンボリと少し恥ずかしそうに深緑の葉っぱを覗かせていたよ!みんな!
全イモ揃い踏みとは行かなかったもののヨンジュウフタゴちゃんぐらいにはなって居た!ありがとう!

再び小走りで誰にも見つからないで帰ってきた。タブン。
展示が終わったら草取りと合わせてマビキ作業が出来そうです。北海男爵キタアカリ!ヤップ!

展示の準備は今日明日が山場の様です。
一年与えられた所でこの後ろ倒しな結末は一緒なんでしょうね。成長が無い。
回を重ねるごとに準備終盤の焦りが無くなって行くのが逆に怖かったりしますが。
プラネタリウムで会いましょ~。
















こう言うのもやったんだった。ピースは元気にしているのだろうか?

5回

気温が何故かぐっと下がってベランダでおしゃべりしてると発音に軽いダブ処理がかかってしまうが久しぶりに風も無くて綺麗な月夜ですね。
住んで一年そこらですが静岡はとても雲が面白くて夕方になるとコッペパンは赤面したり山の上の山みたいな雲の山頂に夕日が沈む。
夕暮れと雲で思い出したが2008年の夏の始まりに杉並の家の北側にそれはそれは大きな雷雲が突如として現れ隅田川の花火大会に匹敵するぐらいの本数の雷を飛ばした。
僕んちの北側と言ったらお風呂の窓しかなくてその外側の格子の間に手を突っ込んでカンを頼りにシャッターを押しまくったもんだ。
その壮大なスケールとは比べ物にならないぐらいのちっぽけな、ピカチューぐらいちっぽけな写真がとれた時にはそれでも「ヤバイーヤバイー」と不良外人のようなフレーズを繰り返したよ。
ほれはほれはそんとーに綺麗な景色だった。音もサイコー。



















(雷と同じメカニズムで鳴らす音響装置を誰か発明した方が良いと思う。
『フェス独り占め』か『フェス大惨事』のどちらかのトピックはいただける。)



もうお尻と目が痛すぎます!
お尻が潰されて目が飛び出てきてる感じがひしひしと伝わってきます!ところてん症候群!
が!明日はちょっと贅沢して予約していたマッサージです!
前回すこし恥じらいを感じながら「お尻もお願いできますか?」とお願いしたところ快く引き受けてくださりしかも声が出るほど気持ちが良かったので明日もお願いしようと思います!











Q:これはなんだ?

2010年3月27日土曜日

マ○

今日の作業のアテはM野さんに随分前に教えてもらったBozmanでこれ↓を聞いた。
http://www.fullbozman.com/theo-parrish-live-at-taico-club-kawasaki-tokyo-2009-09-19

セオさんのDJもさる事ながら日本人の僕にとっては手前から聞こえてくる日本語に耳を奪われ、やっぱりみんなさん下衆なんだなとなんだが安心した。
3時間半の長尺ランドスケープは途中サウンドエフェクトと見せかけて、別のステージにスケートボード的な音を発しながら移動しセオでは無い何かを挟み、セオとおぼしき何かへと戻ってくる。(1:19)
「さっき前に居たサングラスの子かわいかったね。」とか半立ち発言が少し耳につく当たりは疲れマ○な朝方なんだろう。おそらく3,4時~朝方の音源なのではないだろうか?を昼下がりから夕暮れにかけて聴いた。

それにつけても展示まで一週間を切りました。
今回は願いが通じたのか東や西から友人達が来てくれそうなのでうれしい反面、作業の原動力にしています。
まだまだ願いの届いていない人々も居ると思いますので今夜トイレに篭ってテテテテッテレパシー。


















M野さんつながりでGET MOISTフライヤー二弾!
マダヤランカネェ。

2010年3月26日金曜日

プチダイエット














何とか日が昇り切らない内に起きた本日は急ぎでT-shtを2社に発注したせいで久しぶりのご機嫌な天気にも関わらず起きて2時間ほどでイライラが止まらなくなった。
そこですかさず外に出て今週まだ読んで居なかったヤンジャンとチャンピオンとモーニングを立ち読みした。
バガボンドの内容にシンクロニシティーを感じてドゥン!となったもののやはりイライラは止まらず。
日光浴にしては短時間の散歩を終えて帰って来たもののいい気がしない。
原因を部屋の散らかり具合と仮定して掃除をしてみる、掃除機も掃除してみる。
どうやらこれも間違いで今度はなつかしのエリマキトカゲのコスプレをして散髪した。自分で。

あいにく前、公園で彼女に散髪してもらった時の写真のデータはあったので薄ら笑いを浮かべた自分の顔を見ながら前方から側面にかけてはさみを入れていく。
いくら引っ張りだしても後ろ頭の髪の毛はちゃんと見えるものでもなく、しかもあの鏡を見ながらの脳みその処理スピードが追いつかない例えばマリオカートのハンドルさばきの様なものと格闘しながらカンで襟足にははさみを入れた。
結構まっすぐ、言わばまっすぐ。(写真参照)

切り終わって気がついたのだが久しぶりに明るいところで見た自分の眼球は前よりもっと血走っていて初老のような目だった。
どうやらイライラの原因は連日のvs PCによる目の疲れにあった様だっチャンチャン。





2010年3月25日木曜日

読書感想文

ちびちび読んでいた『意識の中心』は遂にエピローグに辿り着き背表紙を閉じるに至った。
マット加工のカバーはちょっと油っぽくなっていた。
ジョン・C・リリー著のこの『意識の中心』だが、内容は世に言う悟りの探求に関しての事だ。
この本がフンフンと理解できる人はもうこの本は必要ないかもしれない。
このむっちゃ頭の良いおじ様の悟りの体験談な訳なのでデコから角な僕はなんパー理解できたのかすら分からない。
だけども、実はこの愚ログを読んでくれている内の幾人かはその悟りという物を体感しているように思う。
僕がSPUTと呼んでいる物もそれに近い気がするし、この本に書かれていた悟りの状態に僕も思い当たる節がある。
悟りにはいくつかレベルがある様なのだが、どんな仕事でも創造的な遊びでも夢中になって気がつかない内に時間が過ぎていたというような経験が専門家的サトリとか基本的サトリと名づけられていた。
これはほとんどの人が体感したことが有るのでは無いだろうか?あの楽しい妙な感じも悟りなんです。僕の解釈が間違ってなければ。


以下、『意識の中心』より抜粋。大分端折ってます。

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人は良く長い間自分が山を登っているような気分になる。
自分がしてきた事や自分のしている事に自ら険しい斜面を生み出してあたかも自分の人生が徳の高い物であるかのよう様に見せかけ、お金や文化の状況を基準にして他人を責める。
「私を見てくれ__どんなに高くまで上ったか見てくれ!私は君よりも高いところにいる。もしも、きみが私よりも高いところにいるとすれば、それは私が君よりも低いところから登り始めたからで、実際には、君よりもたくさん登っているのだ。私の山こそが最も険しいのだ」
だけども自分の人生を振り返ってみても後ろには斜面など存在しない。記憶の中にはある惑星の表面を這いずり回った記憶しかない。
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物質社会、情報社会を即座に粉砕しそうな、それで居て自分も陥ってしまいそうなドゥンと来る段落。
偶像礼拝的に他人に抱きそうな山もここに含まれるように思います。
考えれば考えるほどプカプカと浮遊しそうですね。みんな裸んぼ。わーすごい。
今、きょろきょろと辺りを見渡してしまった僕は不正解!目を閉じたあなたは正解です!


と言う本日は2枚の新作が誕生。
ちょっと楽しみにしてて欲しいです。














次は何を読もう?

小吾

気がつけば展示までカナリ秒読み段階ですね。
毎度の事ですが展示初日に間に合わない感じで作業が進んでおります。
気分はアプサイダン。
崇高な高みも感じればトリモチのプールにすっかり浸かってしまう事もしばしば。
あ、今お腹からプォーンって聞いた事も無い音がした。
ておき、悟りの境地にはまだまだ程遠いようでデコから角が生えてきそうです。

よし、明日にしよう。